第五章 奪われた光

 村外れの教会からリュートはいた。神聖な空気は半魔のリュートには心地よいものではなかった。それでも、この辺りの魔族の情報を得るにはうってつけの場所だった。神官の話では、この辺りに魔族の動きはあまりないという。ところがここ最近、魔獣や妖魔の類いの出没が増えた。それは最近になってから力の強い魔族がこの地にやってきたのか、あるいは今までなりを潜めていたのか――いずれにせよ、警戒が必要なのは解った。
「助けて!」
 教会を出ると少年が足早に駆け寄ってきた。その表情は怯えを含み、不安で塗り固められている。
「お前…?」
 リュートは少年を見た。怪我をしているわけじゃないので、何かに追いかけられでもしたのかと思った。顔色が悪い。
「お願いだ…ティリスお姉ちゃんが…!」
「ティリスが…どうしたって?」
「攫われたんだ!」
「攫われた…?」
 胸の中に冷やりとした何かが流れる。世界と隔離されたかの様にざわめきも何もかもが消えてしまう。音のない世界。
「それで、お前はそれを見ていたのか?」
「うん。この辺りでは、多分、一番強い魔族の奴だ。間違いないよ!」
 その言葉さえ遠くに聞こえる。
「それで…お前は、黙ってそれを許したんだな?」
 俯いたまま泣いている。肩に手をやるとビクリと震え、涙で濡れた顔を上げた。
「だって…!僕で勝てる訳…勝てる訳ないじゃないか!」
「…確かに、そうかもな」
 その言葉にホッとしたような表情をする。
「だが、勝てないからといって、諦めて良いのか?助けたいと、そう思ったら…行動するのが本当じゃないのか?」
「……。」
 そう言われて、言葉をなくす。ラクウェスは自分の弱さを言い訳にして逃げた。自分を助けてくれたティリスが攫われようとしているのに、その場を動く事が出来なかった。怖かったのだ。
きっと、リュートに知らせる事でそれが許されると自分では思っていた。それは間違いだった。心の中が恥ずかしさで熱くなる。
(僕は…僕は何て馬鹿なんだろう…恥ずかしいよ。こんなんじゃ誰からも嫌われて当然だよ。ティリスお姉ちゃん、ゴメン。僕、間違ってた)
「それで、どこに居るんだ?ティリスを攫った奴は…」
「北の…森を…」
(もし、ティリスお姉ちゃんに何かあったら…僕は、僕に『愛する事』を教えてくれた人を失ってしまうんだ!そんなの…そんなのはイヤだ!)
「案内する!ついて来て!」
 ラクウェスは森に向かって駆け出した。リュートはその後ろ姿を見てかすかに微笑む。歩き出そうとするが、その足を止めた。一呼吸する間、目を閉じる。

「リュート…」

 ティリスの顔が浮かぶ。その笑顔に何度救われただろう…。ティリスを失う事を考えただけでこの世界への執着が全て消える様に、たった一つ、守りたい存在。強く、強く願う――。
「ティリス、必ず助ける…!」

次へ。